タイで働く 就職

「東京が嫌いになったから」- 僕がタイで働くまでの経緯

「タイにはなんで来たんですか?」こう訊かれることはよくあっても、折り入って詳細を話すことはないと思います。

人のことを知りたいから、自分も話したいと思うことはあるのですが、割と本心の部分を話し合うようになるには時間がかかりますし、訊かれないといきなり思い出せないことは多いです。

僕がタイに来たのは2017年39歳の時。もう2年半も過ぎるので自分の振り返りと、ひとつの例として自分のことを語ってみたいと思います。

日本の状況

タイで働くようになるまでの状況を一言で言ってしまえば「東京が嫌になった」からです。

状況というのはピンポイントのものではなく、複数の要因が時系列に渡って諸々と影響しているものなので、説明が難しいですが、東京に、はたまた日本に住んでいて、状況が悪くなっているというのは多くの人が感じていたと思います。

経済面、仕事面、人のイライラ感、メディアなど、とにかく様々なものが、誰も望んでいないルールの中で進み、上昇しない感じです。

 

僕の人生の状況

そういう日本の状況の中で、僕の人生も大きな分岐点を迎えます。

これは大きくプライベートと仕事の面で、それぞれ1点あります。


まず迎えたのがプライベートの退屈

プライベートに退屈を感じたのは34歳の時。

20代はいいと思うんです。ひとりの人間として経験していないことを消化していれば終わっていきました。

僕の場合は、20代前半は音楽があればそれで構いませんでした。ライブやクラブやフェスに行って、音楽が好きな人達と酒を飲んでいることがなによりで、プライベートはやりたいことで満ちていました。

20代後半はそれまでの生活を引きずりつつも、もう少し落ち着いた生活の中で、少しずつ行動の範囲を広げ、同時に興味の対象を増やしていきました。

それに30歳までに長い旅に出ることを決めていたので、一旦終わりがある中で、知らないこともエネルギーもある状態だったので、尚のこと楽しむことができました。

30~32歳は旅に出ていたので、それはそれは充実した毎日でした。


旅から帰った後もしばらくは旅の延長上を楽しむように、旅で出会った人たちと遊び、刺激はありました。ただ1年もすればそんな生活も落ち着き始め、周囲に結婚ラッシュがおきます。

プライベートに手詰まり感が出てきたところに、放っておいても人が集まるという状況がなくなってしまいます。

これが34歳の時。10代後半から20代前代にイメージしていたことを、やり尽くしてしまったと感じた瞬間です。

ここから先、退屈を感じないようにするには、例えばエベレスト登頂を目指すとか、趣味で何かのプロになるなど、時間をかけて自分が成長していくようなものしかない。

もしくは結婚生活と子育てという未知を楽しむのが、本来の人生の流れではないかと思うようになりました。

結局、双方が上手くいかず、プライベートで行き詰まります。


仕事の行き詰まり感

32歳までいい加減な職歴だったこともあり、仕事に関しては自分の成長と会社の評価で充実していました。

いちプレーヤーから、リーダー、マネージャーと急速にステップアップしていき、任される仕事の満足と自分の成長を感じられる良い時間が続きました。

マネージャーまでは仕事をやり切って、そこそこの結果を出し、プレッシャーさえ背負えば問題ありませんでした。ただそこからのステップアップで初めて、社内政治というか、上層部の保身による弊害を受け始めます。

当時は出向先の責任者として、クライアント先に常駐していました。


会社はそれなりに成長していたので、ステップアップするポストはそこそこに生まれていたのですが、マネージャーをしていた現場から他の部署や現場に行けなくなります。

会社の言い分としては、「クライアントからのオーダーで僕が外せない」「代わりになる人材がいない」とのことだったのですが、見ている限りは計画的にやれば僕を外すこともできたし、代わりになる人材も居ました。

ただ僕を外すことはもちろんリスクを伴うし、労力もかかります。人材は会社のメインプロジェクトに持って行かれ、自分の上司に当たる人たちはリスクを取りません。

もちろんそんな状態だったので、同じ部署の人はどんどん辞めていき、更に人材不足になり、悪循環が進んでいきどうにもならなくなったところで、会社が動くという、悪いパターンの例に陥り、その責任は自分のせいになります。

会社で次のステップへの道が提示されなくなった時点から転職活動は続けていたのですが、仕事内容的にも収入的にもダウンする会社しか良い返事がもらえず、状況が悪い中、1年ほど仕事を続けていました。

タイでの就職を選んだ理由

東京を離れよう

東京での転職活動が上手くいかず、プライベートも退屈感じている。東京の状態は悪くなっているし、結婚をするような彼女もいない。

この状況を考えた時、シンプルに「東京に居る必要ないな」。そう思ったことがまず東京を離れようと思ったきっかけです。

本当は前の会社が東南アジアにオフショア拠点をいくつか持っていたので、そこへの駐在を希望していたのですが、実現するのは何年後になるか分からない。ただ当時39歳。例えば現地採用で数年で帰ってきた場合、どうなるのか不安はありました。

ただこの悪い状況の中に身を置いていても、自分の人生が惰性で終わってしまう。そういった危機感に対する恐怖心の方が強く、トライすることで自分の力が発揮できる方を選択しようと思いました。


実家よりバンコクに来ている

まず考えたのが国内での移住です。人間全く知らない土地に移住することはできないので、僕の場合は生まれの岡山か、大学から6年ほど過ごした福岡。もしくはちょくちょく足を運んでいて、同級生も多い関西圏ということになります。

収入や仕事で考えると、どこを取っても東京よりマイナスになりそうだったのと、イメージの中で、自分が楽しいと思える街は特になかったので、決め手を欠きます。

他に自分が知っていて、好きな街はバンコク、ベルリン、バルセロナ・・・と考えて行って、断トツで接点があったのがバンコクでした。日本人が多いので仕事もありそうで、年1回はバンコクに行っていたので、東京を除くと、日本のどの街よりも定期的に訪れている場所でした。

こうして僕のバンコク行きの就職活動が始まります。

 

バンコクへの転職活動

まずは日本の転職サイトで、海外の会社情報を探しました。タイの求人サイトも見ていたのですが、僕の職種であるWEB制作やITの会社はあまりありません。

WEB上で求人が公開されている中では、「GREEN」が一番多かったですが、職種を広めに見ても3社だけでした。

そこで転職エージェントへ登録を考えます。ちょうどいいタイミングで外資に強いリクルートのエージェント「JACリクルートメント」の転職イベントあったので参加してみましたが、タイのWEB・IT系の求人はゼロ。


東南アジアのWEB・IT系の求人はベトナムが圧倒的に多く、オフショアの制作拠点、現地のWEB制作など割と幅広い職種の会社がありました。

そこで他のエージェントへの登録も考え始めていたのですが、「GREEN」で応募していた会社から面接の打診があり、面接、即採用となりました。

今まで国内の転職活動がなんだのかと思うほどあっさり決まり、改めてタイとの縁を感じて、迷うことなく最短の日程でバンコクに移住となりました。

 

ざっくりいうと僕がバンコクで働き出した理由はこんな感じです。

ではバンコク生活はどうなのか。タイでの仕事はどうなのか。そういうことを引き続き書いていきたいと思います。